受容体(レセプター)とは生体内外の刺激を受け取る仕組みの事であり、主としてホルモンなど細胞外の情報伝達物質を特異的に認識して、その情報を伝達するタンパク質のことです。受容体は局在やシグナル伝達の様式から、イオンチャネル型、Gタンパク質共役型、酵素型、核内受容体に分類されます。
7回膜貫通型のGタンパク質共役受容体(GPCR:G protein-coupled receptor)は、細胞内で三量体Gタンパク質と共役し細胞内情報伝達を行っています。近年、異なる種類のGPCR同士が複合体を形成し、直接あるいは下流のシグナル分子を介した相互作用によって、単独の場合とは異なるシグナル伝達を行うことが示唆され、新規創薬ターゲットとして注目されています。
私たちは、神経系における異種GPCRの機能的相互作用(GPCRシグナル・クロストーク)によるシナプス伝達の制御に注目し研究を進めています。
タンパク質を構成するアミノ酸の1種であるグルタミン酸は、神経伝達物質としての作用があります。グルタミン酸を受容するグルタミン酸受容体は、イオンチャネル型受容体とGPCR(代謝型受容体)に分類されています。GPCRタイプのmGluRは、ヒトではこれまでにmGluR1〜mGluR8までの8タイプがクローニングされています。mGluRは中枢神経系の多くの部位で発現しており、様々な神経機能の制御に関わっています。
神経細胞と神経細胞(あるいは効果器細胞)間の接合部をシナプスといいます。シナプスでは化学物質(神経伝達物質)の放出とその受容により細胞間の情報伝達を行っています。シナプスでの情報伝達効率の持続的な変化をシナプス可塑性(synaptic plasticity)といいます。シナプス可塑性のうち、シナプス伝達が持続的に増強する長期増強(Long-term potentiation;LTP)と減弱する長期抑圧(Long-term depression;LTD)という現象は長期記憶の細胞内素過程であると考えられています。LTPやLTDの誘導にmGluRが関わっていることが多くの研究結果から示されています。(Kamikubo et al., 2006)
小脳皮質にあるプルキンエ細胞は小脳顆粒細胞からでた平行線維と下オリーブ核由来の登上線維からの入力を受けています。平行線維-プルキンエ細胞間のシナプスのうち、登上線維と同期して発火したシナプスの伝達効率が低下する現象が小脳LTDです。小脳LTDは小脳依存的運動学習の基盤と考えられています。この小脳LTDにはプルキンエ細胞に発現する1型mGluR(mGluR1)の活性化が必要です。小脳プルキンエ細胞のシナプスにおいて、mGluR1とGABAb受容体(GABABR)やアデノシン1型受容体(A1R)といったGPCRが共局在することが知られており、その生理的意義が議論されていました。
私達は、mGluR1がプルキンエ細胞膜上でGABABRやA1Rと複合体を形成すること、GABABRやA1Rの活性化によるmGluR1シグナルの変調が小脳LTDおよび運動学習を制御することを明らかにしました(Kamikubo et al., 2007 & 2013)。さらに、mGluR1の活性化によりA1RやGBRのシグナルも調節されることを発見しました(Kamikubo et al., 2015、Sakairi et al., 2020)。このようなmGluR1と他のGPCRとのシグナル・クロストークが、精巧な運動学習の成立や、運動失調のような神経疾患の症状に関与する可能性があります。
現在私たちは、mGluRを中心とする異種GPCR間の機能的な相互作用に着目し、mGluRと相互作用するGPCRの探索とその分子機構について電気生理学、分子生物学、生化学、イメージングの手法を駆使し研究を行っています。
細胞内ではタンパク質、アミノ酸、イオンなど様々な物質を介した情報伝達が行われています。私たちは、蛍光や発光など現象を利用して細胞内情報伝達に重要なカルシウムイオン、cAMP、βアレスチンのイメージングを行い、GPCRなどの機能解析を行っています。
全反射によってできるエバネッセント場を使って蛍光物質を励起する光学顕微鏡を、全反射蛍光顕微鏡(Total Internal Reflection Fluorescence Microscope; TIRFM)といいます。TIRFMを用いて、細胞膜表面にあるタンパク質だけを観察することができます。この手法を用いて、細胞表面におけるGPCRの複合体形成についてライブセルイメージングを行っています。
FRET法は、蛍光分子の励起エネルギーが別の(蛍光)分子に移動する現象で、両分子間の相対的位置関係によって移動の効率が変化します。この手法を用いて膜タンパク質の相対的位置関係の変化や立体構造の変化を観察しています。
Neher博士とSakmann博士によって開発された、電気生理学的手法の一種です。適切な刺激や薬剤を用いることでシナプス可塑性を誘導することができます。私たちは、細胞全体の反応を記録する方法(Whole cell記録)を用いて、シナプス伝達効率の変化を記録しています。
富山大学の研究チームと共同で、視運動性眼球運動(OKR)測定や回転棒(Rotarod)試験による小脳機能と運動学習について研究を行っています。