Ca2+動態異常が関わる不整脈発生機構の解明と治療薬の開発

心臓のポンプ機能を損なう不整脈が起こると、即座に生命の危機に陥ります。私たちはこれまで心筋・骨格筋をはじめとしたさまざまな細胞の、細胞内カルシウム調節の研究をしてきましたが、最近は心筋細胞において細胞内カルシウム動態異常がどのように不整脈を惹起するのかということに注目しています。

1 催不整脈性RyR2変異体の研究
2 動物モデルを用いた不整脈発生メカニズムの研究
3 不整脈の治療

1 催不整脈性RyR2変異体の研究

RyR2の変異による不整脈疾患は現在300種類以上知られています。多くは、激しい運動や情動ストレスによって惹起されるカテコラミン誘発性多型性心室頻拍(CPVT)と呼ばれるものですが、他にQT間隔が延長するQT延長症候群や、明確なきっかけがなく起こる特発性心室細動などもあります。CPVT以外の、RyR2に起因する不整脈は何故どのように起こるのかメカニズム・治療法がよく分かっていません。私たちは、変異RyR2分子をHEK293細胞(図1)や心筋株化心筋細胞(図2)に発現させ、不整脈発生メカニズムを研究しています。今までに、活性増加型変異、活性抑制型変異を見つけてきました。

図1 HEK293細胞の細胞質および小胞体Ca2+イメージングの模式図と実際の測定データ(データはUehara et al., 2017より)
図2 変異RyR2発現HL-1細胞の模式図と実際の測定データ。(データはUehara et al., 2017を改変)

参考文献

  1. Hirose, S., T. Murayama, N. Tetsuo, M. Hoshiai, H. Kise, M. Yoshinaga, H. Aoki, M, Fukuyama, Y. Wuriyanghai, Y. Wada, K. Kato, T. Makiyama, T. Kimura, T. Sakurai, M. Horie, N. Kurebayashi, and S. Ohno. Loss-of-function mutations in cardiac ryanodine receptor channel cause various types of arrhythmias including long QT syndrome. Europace. euab250. 2021[Link]
  2. Itoh, H., T. Murayama, N. Kurebayashi, S. Ohno, T. Kobayashi, Y. Fujii, M. Watanabe, H. Ogawa, T. Anzai, and M. Horie. Sudden death after inappropriate shocks of implantable cardioverter defibrillator in a catecholaminergic polymorphic ventricular tachycardia case with a novel RyR2 mutation. J Electrocardiol. 69:111-118. 2021.[Link]
  3. Nozaki Y., Kato Y, Uike K, Yamamura K, Kikuchi M, Yasuda M, Ohno S, Horie M, Murayama T, Kurebayashi N, and Horigome H. Co-Phenotype of Left Ventricular Non-Compaction Cardiomyopathy and Atypical Catecholaminergic Polymorphic Ventricular Tachycardia in Association With R169Q, a Ryanodine Receptor Type 2 Missense Mutation. Circ J. 84:226-234. 2020.[Link]
  4. Uehara A, Murayama T., Yasukochi M, Fill M, Horie M, Okamoto T, Matsuura Y, Uehara K, Fujimoto T, Sakurai T, and Kurebayashi N. Extensive Ca2+ leak through K4750Q cardiac ryanodine receptors caused by cytosolic and luminal Ca2+ hypersensitivity. J Gen Physiol. 149:199-218. 2017.[Link]
  5. Fujii Y., Itoh H, Ohno S, Murayama T, Kurebayashi N, Aoki M, Blancard H, Nakagawa Y, Yamamoto S, Matsui Y, Ichikawa M, Sonoda K, Ozawa T, Ohkubo K, Watanabe I, Guicheney P, and Horie M. A type 2 ryanodine receptor variant associated with reduced Ca2+ release and short-coupled torsades de pointes ventricular arrhythmia. Heart Rhythm. 14:98-107. 2017.[Link]

2 動物モデルを用いた不整脈発生メカニズムの研究

心筋症、心不全、Ca2+過負荷、虚血、心室頻拍など病的状態の心筋では、種々のCa2+シグナル異常(Ca2+ wave、Ca2+スパーク、細胞間および細胞内Ca2+交代現象、Ca2+トランジエントの立ち上がりの非同期)が見られます(図3、図4)。これらは、拍出不全や不整脈の原因となり、また心臓の予後の可否に大きく関わると考えられます。私たちは拡張型心筋症モデルマウスをはじめとしたモデル動物心筋組織、細胞のCa2+や膜電位イメージングを行うと共に、生体データや遺伝子発現解析などの手法を組み合わせることにより、不整脈の成り立ちを研究しています。自分達だけですべての解析を網羅する事はなかなか難しいので、多くの研究者の方々との共同研究や助言を受けて研究を進めています。

Abnormal Ca2+ transients
図3/動画1 モルモット心室乳頭筋のCa2+トランジエント異常シグナル。(Kurebayashi et al. Am J Physiol Cell Physiol, 2004より)左:コントロール状態。右:虚血高頻度刺激状態におけるCa2+トランジエント異常。Ca2+トランジエントの脱落、交代現象、発生遅延が見られる。右はCa2+濃度変化のラインスキャンイメージ。

図4 異常Ca2+シグナルの原因。 一見同じように見えるCa2+交代現象でも、活動電位に原因がある場合と、興奮収縮連関に原因がある場合がある。

3 不整脈の治療

a. RyR2阻害薬の開発
RyR2活性の異常亢進により自発的Ca2+遊離が起こり、不整脈が誘発される事はよく知られています。この場合、RyR2からのCa2+遊離を止めれば不整脈発生も抑制されるのではないかと考えられますが、現在そのような薬はありません。私たちは最近RyR発現HEK細胞の小胞体Ca2+モニタリングによりリアノジン受容体阻害薬の探索法を開発しました。(Murayama et al., Mol. Pharmacol., 2018)。現在、その方法を利用してRyR2阻害薬を探索し、それらが実際に不整脈を発生する心筋細胞や不整脈モデル動物に対し抗不整脈効果を持つかを研究しています。

図5 RyR2およびER Ca2+センサー蛋白発現HEK293細胞のシグナル変化の模式図

b. 心疾患の治療法の検討
心不全は様々な要因で起こり、徐々に進行していく疾患です。私たちは拡張型心筋症マウスを始めとした様々な病態モデルマウスを用いて、どのような要因が心不全の病態進行を起こすのか、どうすれば進行を止める事ができるか、調べています。これまでにアンジオテンシン受容体拮抗薬が遺伝性DCMの進行抑制に著明な効果を示すことを報告してきました(図6)。現在、DCM進行や不整脈発生に対する他の薬や運動の効果についても調べています。

図6 拡張型心筋症モデルマウスの寿命に対するカンデサルタンの効果(Odagiri et al., PLoS One, 2014より)